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「ライフ イズ ストレンジ トゥルー カラーズ(PS4)」プレイ後の感想

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「ライフ イズ ストレンジ トゥルー カラーズ(PS4)」をクリアしましたので乱文になると思いますが感想を書きたいと思います。 <ネタバレを含む場合があります ご注意ください> 「ライフ イズ ストレンジ トゥルー カラーズ」は、プレイヤーの選択で未来が変化するアドベンチャーゲーム。といっても歩けるノベルゲームに近い。主人公のアレックスは他人の感情を読み取る能力を持っている。幼くして一家離散に近い状況になったアレックスは、しばらく児童保護施設で過ごしていたが、兄・ゲイブがアレックスを探し出した。ゲイブはアレックスをみずからが住むヘイヴン・スプリングスへ呼び寄せる。ゲイブとアレックスは街の住人と平和に暮らすハズだったが……。というのが大まかなストーリーの導入部分。もちろん、街の秘密や人間模様を紐解いていくことでストーリーが進んでいく。 グラフィックの大きな変化として登場人物の目の動きに進化が見られた。ムービーシーンでは顔の表情で微細な感情の揺れを表現しているが、明らかに動揺や不安は目の動きで読み取ることができる。この進化は地味ではあるが表現を非常に大きくした。「ライフ イズ ストレンジ」はすこしベタッとしたグラフィックが特徴ではあるが、目の動きの進化により、キャラクターの感情はより精細に感じることができるようになった。 シリーズの特徴である空間の精緻さは健在で、室内においてあるオブジェクトひとつひとつに人間味を感じることができる。選択できるオブジェクトにはセリフが用意されている。このセリフはゲームプレイとしての機能は希薄に感じられる部分もあった。しかし、本作は特にこうしたオブジェクトのひとつひとつや、スマートフォンに残されたSNSのやり取り、メッセージアプリの履歴に目を通さないとキャラクターの人物像に迫れない。表面だけのゲームプレイでは、ストーリーを淡白なものとして感じてしまうだろう。グラフィックで描かれていない部分を"文字"で追わないといけない部分は万人向けではない。この"地味"な部分を楽しむ余裕と時間を持たなければ、つまらないものと感じてしまう可能性がある。 かといって、それらが楽しいものであるかと云われれば "否"である 。描かれていない部分を文字によって穴埋めしてるのだが、そこにあるのはひたすらに日常

今週の振り返り(2022/03/18)

記事にするほどではないが、振り返っておきたい「今週の振り返り」。 2ヶ月のぶりの記事作成です。進捗については大きな区切りがありませんでした。現実的要因としては、12月末から2月頭までの大雪、確定申告の処理、祖母の葬儀、オリンピックの開催(観戦)と、それなりに時間を確保できなかった理由はあります。 YouTubeの方は「FH5」も「F1 2020」も長期で取り組まないといけない状況となり、特段の代わり映えはなく、日々鍛錬として動画を上げ続けています。おかげさまですっかり1桁再生が板についてきました。路傍の石 戦略を取ったこともあり、成果としては想定した状況になりましたが、はてさて、なんでYouTubeしてるんだっけ?と疑問に思うこともしばしばあります。 この期間、考えていたことは「自分は出力が弱い」ということでした。入力100に対して出力はあって10ぐらいでしょう。人に見てもらいたいものや伝えたいことがないのです。逆をいうと人が伝えたいことは気が向かなければ気にも止めません。ネットを情報の場と認識していた期間が長かったからか、感情はノイズに近いものがあります。昨今は感情を多く出したほうが支持を得る傾向も理解していますが、ネット経験が20年弱あると、ふと判断に迷ったときに昔の経験に沿ってしまうところがあります。 自分は出力が弱いと気づくと、いかに没個性をしながら動画を出すかを考えるようになりました。「情報として見たい人や見かけた人だけが見れば良い」というスタンス。このスタンスは随分と気が楽です。視聴者の期待に応えるという方法は自分には不向きでした。ひとつ応えると全員の要望に応えないといけないと考えてしまうので、すこし距離を取った方が均衡が取れるような気がしています。 「F1 2020」がまさにそうで、自分としては早々に挫折したゲームでしたが、「続けてくれ」のコメントひとつで区切りの良いところまで~と思ってプレイしています。ようやく普通に乗れるようになりましたが、一回ぶつけただけでレース終了なので、かなりに忍耐を使います。これはほんと修行です。おかげさまでコース特性やドライバーについては詳しくなりました。疑問が出たら調べるようになり、F1についても徐々に詳しくなっていっています。ただ、無感情ではあります。毎日、レースが終わると達成感を得ます。両方の感情を持ってプレイしてい

今週の振り返り(2022/01/28)

記事にするほどではないが、振り返っておきたい「今週の振り返り」。 前回の記事を読み返してみて、ショートとパチンコの動画の頻度を下げようと話してましたが、今週は普通に上げていました。 雪が一段落して、気持ちに余裕が出ていましたが、週末に積もり加減。また、ソワソワするのかなと思います。 FH5の車種乗りのは前回から30車種ほど進みました。ペースが分かれば他のゲームをプレイしてみても良いかなという気持ちになっています。珍しく1週間くらいはしゃべりながらゲームをしていません。 YouTubeは、見てもらうものから動画倉庫のような雰囲気になってきました。気が向いたらまた、しゃべりながらゲームをするのだろうと思います。しばらくはこんな感じです。 まとめサイトの管理人の方が、年々広告収入が減っているという話をしていて、個人のウェブ運営は、お金を目的にするときついんだろうなぁと再確認しました。私自身は、アドブロックが普及した頃から、ウェブサイトやブログはもうきつくなるだろうなぁと推測してました。ウェブはだんだん全てが公式化するんだろうと思います。サブスクでもなんでも、優良なコンテンツを見るにはお金を払わないとたどりつけなくなるんでしょうね。 お金といえば、サービスにお金を払うことを躊躇するようになりました。衣食住はコストに見合う対価を実感しやすいが、サービスはお金がかかる割に得るものが小さいものがたくさんあるなぁと思ったのです。まぁ、衣食住は案外お金がかかりませんので、サービスに払わないとお金を使うところはないんじゃないなかなぁなどと思ったりもしました。税金とかはめっちゃ払いますけどね。

今週の振り返り(2022/01/20)

記事にするほどではないが、振り返っておきたい「今週の振り返り」。 年が明けて3週間弱が過ぎました。年末からの雪はタイミングが悪く、片付けては降り、片付けては降りを繰り返しています。2-3日、晴れの日が続けば気持ちも落ち着くのですが、雪の片付けをしているうちにあっという間には日は経っていきました。 年明けは、年末の飲み会の反省を度々していました。振る舞いについて反省をしたり、思い出してはひどく自己嫌悪に陥りました。そうした中、雪の片付けを毎日2-3時間行い、晴れの日を見ていないことで、気持ちは段々と鬱々としてきて、体調も少し悪化しました。 国際化やグローバリゼーションというのは、環境が穏やかな地域に有利で、そうではない地域には不利なんだろうなぁとか考えてました。 YouTubeの方では「ドラゴンクエスト6」の攻略が終了。レベル上げを楽しむ時もあれば、焦りを感じることもありました。「6」は子供のころに一番プレイしたドラクエですが、登場人物が多くボリュームが増えたことで、キャラクター単体の掘り下げが「5」と比べると浅いのかなぁと感じました。「5」はボリュームが比較してコンパクトな上、掘り下げや感情移入がしやすい分、後世でも語り継がれるんだろうなぁとも感じました。「6」は「6」で、グラフィックもリッチになっていますし、ワクワクもあるんですが後半少しだけダレました。 本では養老孟司さんの「死の壁」を読みました。あと、読み上げ機能を使ってオーディオブック化して聞きました。オーディオブック化は意外と便利で、ラジオが好きな私にはながら聞きにちょうどよかったです。印象に残っているのは、養老さんのお父さんの思い出。幼い頃にお父さんを亡くした養老さんのお父さんの思い出は、病気で床にいる姿。声がうまくでないので、近くに子供用のガラガラが置いてある描写。その父の死を受け入れ乗り越えたのが30-40代になってから。乗っていた電車で泣いてしまったという話。養老さんは含蓄のある哲学者みたいなことを云ったり、世間に対して斜に構えた見方をしているのは、書籍からも伝わってきます。その養老さんも自分と似たような年齢のときに悶々としてたんだなぁと思うと少し、私は救われました。 YouTubeの更新の方は、余裕が出るまで「Forza Horizon 5」で全車種乗ろう企画を進めます。FH5には560車種ほど収

今週の振り返り(2022/01/03)

記事にするほどではないが、振り返っておきたい「今週の振り返り」。 あけましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願いします。 年末年始、私は特に変わらぬ生活を送っていました。変わっていたところは雪が多く降り積もったことと、2-3用事があることぐらいです。久しぶりにお酒を飲んで、酩酊し、ひどい自己嫌悪に陥りました。30日の出来事ですが、31日と明けての1日は、体が使い物にならず、お酒の扱いの難しさをしみじみと反省したのでした。 若いときは大酒飲みだった時期がありました。仕事をするようになって自重し、体の調子が悪くなってからはほとんど飲みません。年に1-2回ある集まりで口にする程度。ここ2年のコロナ禍では、そうした集まりもなくなりました。30日の集まりはかなり久しぶりな上、タイミング的にもこの時期しかないだろうなぁと思ったので、誘われ、参加したわけです。 街はむかしと変わらないような雰囲気もあり、一方でカラ元気のような雰囲気も感じました。私はお酒があまり好きではなくなったのですが、気づけば身体にダメージを負い、歩いて帰ったので凍えそうになり、それでもスマホや財布は無傷だったので助かったなぁと感じながら、当日のことを思い出して反省しました。お酒を飲むと少し陽気になるので、いろいろ奢ってしまった訳ですが、この一瞬のために大枚をはたくことに帰ってから疑問が生じました。このお金があればもっと身近な人を幸せにすることができるなぁと思ったのです。 ということで2021年暮れに、大いに自分の振る舞いを反省しました。2022年は「過去を反省し、いまを見つめ、慎ましく生きよう」と思いました。その延長線上に語弊のある目標が浮かびました「挑戦をやめよう」という目標です。 私は、自分ができることについては「つまらない」であるとか「飽きる」といった思いを持つことがありました。なので、自分にできないことや自分が本来はやらないことに挑戦しては、うまくいかずに悩んだり、四苦八苦していたなぁと思ったのです。 街を眺めていたとき、なんとなく感じたのは「挑戦していない」人の方がスマートなのでは?というところでした。枠を飛び出さない生き方というのは従来の私からすると「つまらない」ところなのですが、どうにも挑戦している人の方がつらそうなのです。 なので、2022年は、あえて「挑戦をしない」。自分が「つま

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