誕生日を考える
誕生日を考える。
今日で41歳になった。1985年生まれである。
私は誕生日にあまり興味がない方だ。なぜかは分からないが、思い出されるのは誕生日は祝福というよりも惨めさを感じることが多かったからだろう。
その惨めさは些末なものだ。時代背景も大いに影響がある。まず、友人と比べて親からもらう誕生日プレゼントが貧弱だったということが上げられる。テレビゲーム全盛の時代。そして、教育的指導も全盛の時代だ。私はテレビゲームや娯楽をプレゼントとしてもらいたかったが、親はノートや鉛筆などを与えるような考えだった。思い起こせば祖父母が教職をやっていたから、親はそういう影響も受けているのかもしれない。私が子供のころ、教職はまだ聖職の扱いだったのだ。
そして、誕生日ケーキも幼少期から少年期で食べたことがない。いわく、生クリームは夏に溶けるからという理由だった。今ほど簡単にケーキは買えなかったのかもしれない。ヤマザキのパックケーキはスーパーになかったかもしれないし、街のお菓子屋さんには保冷剤がなかったのかもしれない。これは単純にそういう時代だったのだろう。
というのも、クリスマスは親がスーパーに務めていたこともあり、売れ残りのケーキを25日とかに4-5個持って買えることがあった。ノルマと関係し、会社から無料でもらうというよりは多少なり実費を出して買っていたと推測できる。なので、誕生日ケーキについては一定の誠実さがある。
年齢が15歳くらいになると、私は誕生日を祝うことやアニメやマンガを見ることは、とても幼いことだと感じて、忌避するようになる。その辺りで、かなり誕生日については興味がなくなった。友人や知人の誕生日を覚えることも無くなった。携帯電話が普及して電話番号を覚えなくなっていったことに似ている。
その後、20歳・30歳と齢を重ねて、人の誕生日を祝うことが増えた。この辺りで、実は人は祝われることが好きなのかもしれないと思うようになる。そして、自分より下の世代は、インターネットコミュニケーションの発達とオタク文化の浸透により、生誕祭などという誕生パーティを開いたり、祝ったりすることが普通になった。
私はそれらを当初、毛嫌いしていたが、それは良い大人にしては幼すぎるだろうという思いからだった。私は子供の頃から早く大人になりたかった。そして今は、早く老齢になりたい。しかし、世の中は若くいたいことやそれを価値とする見方もある。それが嫌いだった。
今となっては、それほど純粋に生きていないから、そうしたことも許容できる。特に自分以外の人がやっている場合はなんとも思わない。自分自身に純粋に向き合うときだけ、ちょっとした嫌悪感が出るが、それは若い時の価値観が残っているからだ。
この年になると、15歳から25歳くらいに経験した価値観やエンターテイメントにひどく引っ張られることを意識する。音楽はこの頃の音楽が心地よいし、判断をするときは、その時代の怠惰で虚無でハードボイルドな判断が心地よい。
今の時代は、表向きは優しく多様で思いやりのある判断が好ましいとされる。それらが重くなって虚無や無関心も表出してきたが、それはそれとして処世術としてよいだろう。
今の時代を慮るなら、SNSで「今年で41歳になりました。」とツイートし、交流のある人からいいね!やコメントをもらうのもひとつの手なのだが、これは自分自身がやるとなると、多少判断能力が落ちているか、悦になっているときじゃないとギアが入らない。年を重ねて鈍感になってきているので、祝われても祝われなくてもダメージが少ないのが救いだ。
さっきふと、自分は42歳になったのかなと錯覚したが、41歳だったので1年得をした気分もある。
ここ2年半くらい悩ませていた相続登記も先日、無事終了し、関係者に報告を送る段階になっている。ある意味で今年はここ数年で一番、清々しい誕生日を迎えられているような気もする。人は困難や抑圧から解放されると一週間程度は、空が青く感じるというが、まさにそれである。
年齢を重ねて良かった部分に鈍感があるが、悪い部分に切り替えの遅さがある。新しいことに取り組むとき、即日の行動ができない。一週間くらいかけて気分を醸成していき、1日1個ずつでも準備を進めて、1-2週間後に環境を整える。
若いときには考えられないような遅さであって、その遅さは嫌悪感を纏う。おそらくこれが43歳の壁と云われるものだと思う。私は幸いにして35歳ごろに体調を大きく崩したので、今となっては、その感覚は人より早く経験ができ、自分なりの回復もしたので、少しばかりの余裕がある。
さて、来年の私は生きているのか、何をしているのか分からないが、あまり変なことはしていないだろう。わざわざ自分の誕生日を祝うことはしないが、ハードボイルドに心のなかでウィスキーを傾けることぐらいはしようと思う。よく生きて、よく過ごしましたね。

