AIのクールじゃないところ
AIのクールじゃないところは、高くて高エネルギーなところかもしれない。
ちょっと寝れないので、普段ふつふつと思っているけれども秒で忘れるAIの話をしばしば。キーボードのリズムに乗せて散文を書く。
AIは基本的に便利だと思うけれども問題も多くあって、その問題をあげるとIT系と比べると真逆に位置する思想かもしれない。
情報を扱うという意味では、似てるものだし、IT系企業がこぞって参戦した辺りで混同もできましょうが、情報技術ってのは効率化して、低価格化して、工夫すると面白くなるものなんだけど、AIはパワープレイで効率化しているように見せているところがあまり格好良くはない。
検索するよりも軽く出力も速いのならば、その文脈では格好が良い。似て非なるものだから比べるのもどうかと思うし、将来的にはそれくらい速くなるかもしれない。
クロードだったり、AGIだったり、便利になったとか使わないとやってられない話はよく聞くんだけど、自分みたいなカスタマーレベルだと、もはや要約や変換、翻訳ぐらいは使えましょうが、ベリベリにプログラムを組むというところまでは使わない。作ってもいいんだけど、世に出せない。とりあえず動けばOKといった感じで使う分には良いと思う。
バリバリにAIにプログラム書かせているという人は目につくんだけど、それで社会が便利になった気もしない。これは昨今のセキュリティの問題が大きく関わると思うんだけど、別に便利になってないんだから、井の中の蛙かもしれない。
発展途上といえばそれはそうだし、投資的には投資家に夢を見させているので価値はあると思う。
生成AIに嫌悪感を持つ人は一定数いる。一定数いるが、これは過去を遡ると、テレビが出現した時の映画業界とか、テレビゲームが出現したときの教育界とか、コンピュータグラフィックスが出現したときの絵描き界隈の反応みたいなものかとも思う。便利になって、みんなが使えば、すんなり受け入れられると思う。
ただ、1年前の感覚だが、生成AIをベリベリに使っていたときに思ったのは、これで人を感動させることは難しいだろうなぁということだった。ストーリーとかナラティブが無いんだもの。
イラストでも音楽でもCGでも、ギリ人が作っていると苦労話でナラティブは作れますし、作られますが。AIにプロンプト打ち込んで出てきたものを見て、まぁこれで良いか~は、まだナラティブが弱いのかもしれない。
プロンプトを考えるのに半日かかったとか、出力の精度が悪くて悩んだ様子は絵として弱いし。
自分が面白かったのは、1年前はまだ出力に揺らぎがあって、何か変なものが出てきそうという雰囲気があったのは良かった。思い通りにできることも楽しいが、思ってもいないことが出るのも楽しかった。
ちゃんと指が5本の人物絵や腕が2本の人物などが出たときも楽しかった。この話は誰に言っても通じないから供養しようと思う。

