「Grand Theft Auto VI」のPVが公開された

「Grand Theft Auto VI」のPVが公開された。


GTAとの付き合いは長い。おそらく私は2くらいからプレイをしている。何故プレイしたかといえば、単純に車で人を轢けるといった今では当たり前になった表現が当時は珍しかったからだ。


それに10代の私は当時のほうが退廃的で冷笑的だった。安定した生活を送る人の慎重さに違和感を持っていたし、世間からはみ出さないと未来は明るくないと割と指針で思っていたように思う。その頃は、大企業が倒産したり、終身雇用が終わったり、いま思えば色々と過渡期だったのだ。おそらく2000年前後だろうと思うが。


こういったゲームは当時、友人にプレイさせても彼らはそこまで興味を示さなかった。いや、興味を示したところでゲームディスクを入手する手段も運だったのだ。私は近くの家電量販店がパソコンソフトを取り扱っていたから、その隅でGTAやカーマゲドンを見つけたけれど、当時は個人サイトの掲示板に、どこに行っても見つからないとか、そういう書き込みをする人も多くいて、自分が見つけては彼らに郵送したこともあったように思う。


GTAが市民権を得たのはいつからだろうか?バイスシティやサンアンドレアスあたりは怪しい。おそらく「Ⅳ」あたりかもしれない。


「V」は間違いなく市民権を得たソフトだ。リリース直後こそ一般的ではなかったが、それから数年経ち、ゲーム実況や配信が勢いを持ち出したとき、当時売れている人は大体「V」をやっていた。改造したり、殺したり、表現の自由だから良いのだけれど、そういったアクロバティックなことをして人気になった人は多い。若い人で勢いのある配信者だ。いまは多くが引退したかもしれないが。


そんなこんなで「Ⅵ」お披露目である。PVを見るまでは、レッドデッド2の細かさを現代に持ってくるんだろうなぁぐらいに思っていたが、PV最初のビルの中なんかにはシェンムーみも感じるし、しかしGTAはアメリカのバカ暴力なんで、ある意味相容れないし。


ミニゲームなどはその辺のA級タイトルばりに作っているような雰囲気もあるし、MODを使えば「V」同様に無限に遊べるゲームにもなるだろうなーと感じた。といっても金持ちの雰囲気というのは、なんかこう画一的に見えるから不思議だ。


そんなことをいったら貧乏な人も普通の人も画一的に見えてしまうだろうしな。そんなこんなを考えていると、人生や世界というのは画一的な見え方のところを輪廻しているのかなとも思えたりもする。




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