予定が苦手

体調:手に肌荒れ。メンタル:凪。外:穏やか。


予定が苦手である。自覚したのは30代に入ってからだろうか。自覚してから過去を振り返ると予定に合わせることに四苦八苦していたと思う。


待ち合わせがあれば遅れてはいけないと思うし、その予定に体調を合わせないといけないと思う。そうすると1-2週間前からその予定に体調を合わすために苦労する。そこで生活のリズムが狂うというのを体験してきた。


昼夜逆転生活は良くないとされるが、私は昼よりも夜の方がメンタルも作業効率も良い。雑音や光が入ってこないから作業に集中できるのだろう。昼に効率が悪いのは合わせないといけないから。そして、宅急便だったり電話だったり、集中が途切れる要素も多い。基本、一人が性に合っていて、寂しいと思うこともない。朝方のドライブで充分気が紛れるし、道路も車が通ってないから昼よりも朝のドライブは気軽で楽しい。


これだけだと、数年前までは社会不適合者と評価されただろう。夜の方が好きで、人との交流を好まない。実際にそちらの方がメンタルも作業効率も安定するからしょうがない。ただ、社会は昼を中心に出来ているので、たまにしんどい。


ここ最近は久しぶりに昼夜逆転生活が出来て、作業効率もメンタルも安定していたのだが、歯医者の予約ひとつで、それらが不安定化した。実に不器用だとも思う。可能ならば、このまま最低限の人間関係だけで朽ち果てたいのだが、隣の芝生は青く見えるようで、人付き合い活発な方が楽しそうだったり、可能性の広がりを感じた時もある。


若い時は自覚もなかったし、それなりに交友関係を広げていた時期もあった。ただ、周囲の環境も変わり、コロナ禍にもなって、また最低限の人間関係に落ち着いてきている。つまるところ、この辺りが落とし所なのだろう。


そういや、人付き合いで学んだのが、付き合う人によって可能性は広がりもするし、閉じられもするのだなぁということだ。私は交友関係の中では合わせる方の人間だった。人に合わせるのは苦ではない。ただ、なぜか体調が悪くなるので、深層では嫌なのかもしれない。それで、人に合わせていて付き合っていたのだが、まぁ、なんだ、相手の気持ちひとつで随分変わるんだなぁというのを体験してきた。深入りすると良くない。落ちる時はみんなを巻き込んで落ちようという人もいたし、私も薄く被弾した。


小学校の頃などを考えても、私の功績は他人に取られ、他人の失敗は私のせいにされるなんてことが何回かあった。これは意図的にやってるのか、私がそう感じた為なのかは分からない。ただ、私が表彰されるとバカにしてくる人もいた。相手が意図を持って行っていたかどうかは、今考えると判断が難しい。当時はそう思っていたが、今思えば、自分がそう思ってしまう性格だったのかもしれない。


また、私は人の意見や考えに心象が影響されてしまう性格だというを自覚している。例を上げれば、友人のA氏がB氏の悪口を言っていたら、会ったこともないB氏に対して距離を取ろうと考えてしまう。C氏がD店のサービスが悪いと言えば、D店に行ったことがなくても身構えてしまう。という具合だ。


よく人から愚痴を聞かされる人間だった。ん~そういうのが影響しているのかもしれない。人は私に愚痴を言うが、私の愚痴は聞いてくれんのよなーとも思っていた。これも性格なのが実際にそうだったのかは、今となっては判断がつかない。


ただ、分かっているのは、一人でいるとメンタルも作業効率も安定するということだ。

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